顧客体験と香り

03 June, 2020

顧客体験と香り

長い間、ショッピングモールやデパートでの買い物は、私達に大きなときめきや予期せぬ嬉しい出会いといった素晴らしい買い物体験を与えてくれました。 ふらりとショッピングモールに立ち寄っただけのはずが、帰りには両手にショップバックを携えていたり、あるものが欲しくてデパートに入ったものの、ウィンドウショッピングだけで数時間たっていたような事は、皆さんも経験があると思います。 

インターネットの発展は私達の生活に多くの変化をもたらしましたが、特に小売業界にはネット販売の普及という大きな影響を与えました。eコマースや配信システムが一般的になるにつれて、クリックひとつで買い物ができるネット販売の便利さは、店舗に行くという時間も体力も使わずに済むので多くの人から支持されるようになりました。 一方で、店舗やブランド側はこの急激な変化に適応できなければ取り残されてしまうという、厳しい状況に置かれることになりました。 実際に、消費者のネット販売は増えたものの店舗への訪問客が減り、全体では売上が下がってしまったブランドもありました。2017年までに7,000店舗以上を閉鎖したというブランドの報告もあります。このまま小売店の倒産が相次いだ場合は、各地のショッピングモールはいずれ空になるだろうと予測している投資家もいます。 

ただ、最近では店舗での買い物やウィンドウショッピングの魅力を再び評価する動きも出てきています。顧客データの分析から勧められるものだけではなく、思いがけない魅力的な商品や、その商品に出会うまでの自分だけのストーリーを求めているのです。 これからはオンラインと現実世界の融合が小売業界でもますます重要になってきます。 現代では、店舗に訪れる前から、消費者はオンライン上でブランドイメージやコンセプトに既に親しみを持っています。そうすると、店舗はかつてのように商品とただ出会う場というだけではなく、ブランドの世界観を消費者が深く味わい、内装や接客も含めてそのブランドの新たな発見を楽しむという役割が求められるようになるのです。 

多くの情報を手軽に得ることがきるようになった現代の消費者は、過去に比べて自分たちが共感できる価値観を持ち、信頼できるブランドから商品を買いたいとより強く思うようになっています。消費者が能動的にブランドや商品について調べ、独自の価値観に合う購入先を選んでいるという事は、ブランドにとって消費者と強く繋がり、効果的なブランドコミュニティを作ることができるチャンスです。 消費者に対して最適化されたマーケティングを行うデータマーケティングの活用などは、ブランド側にとって心強い手法です。今はまだ大きな力を持っていないブランドでも、自分達を求める消費者にアクセスしやすく、効果的な広告を打ったり、消費者の意見を商品企画に反映していったりと、消費者と強く繋がったブランドコミュニティを育てていくことができるのです。 

今の小売業界は、より「五感」というものに注目し、消費者とのより画期的で刺激的なコミュニケーション手法を模索しています。 消費者もまた、ブランドの世界観や商品コンセプトが直感的に体験でき、記憶に強く残るような、ブランドとの繋がりが実感できるようなコミュニケーションを求めています。 ブランドの世界観が効果的に表現され、ブランドと消費者がお互いにインタラクティブなコミュニケーションが取れる店舗空間を作る事は、今後の小売業界にとって重要な戦略になってきます。 

「Hugo boss」などのブランドは既にこの新しい店舗空間の創出にチャレンジしています。 彼らは店舗をオリジナルの香りで満たすことで、嗅覚という五感の一つを刺激し、ブランドイメージをアピールすることに成功しています。この店舗に訪れた消費者は、香りを使ったブランドからのユニークな演出を楽しみ、より記憶に残る来店経験ができるのです。多数の人が行き交う場所にあるポップアップショップでは、香りがあることで人々の注意を引くことができ、一瞬にしてブランドや商品のイメージを伝えることができます。 ブランドのオリジナルの香りは、このように店舗空間を演出するだけでなく、香りを使ったオリジナルのグッズを展開し、ブランドの世界観を自宅でも楽しんでもらうような、新しいブランド体験を創出できる可能性もあります。 

これからの時代、店舗空間は、オンラインでは体験できないブランドとしての本質的な価値観を消費者と共有する貴重な場になっていきます。ロゴや店舗デザインといった視覚的、触覚的なアピールのみならず、嗅覚を刺激する「香り」でブランドを表現することは、五感全体でブランドを味わう、素晴らしい来店経験を提供することができるのです。